日記

人生の休憩

部活の送迎。私の仕事はカレンダー通りの休みではない。部活の試合などはほとんどが土日、祝日に組み込まれている。試合会場もいろいろで、毎回、試合のたびに送迎のことが気にかかる。朝は送れるけど、帰りはどうしようかな、試合も応援したいけど、なかなか時間を合わせることが難しい。

小学生の時は、保護者会があって、前もって連絡を取り合い出来る方が出来る時に、協力してやっていたのが、やはり中学生になると連絡がギリギリで、休みを取るのが間に合わない、、、

娘もあっさりと自分でバス探して帰るから大丈夫。と言ってくれる。試合も恥ずかしいから観に来なくていいよ、なんて言われちゃって、私は有り難く仕事に行くことができる。

ちょっと寂しい気持ちをさせてしまっているかもしれないと悩んでみたりもするけど、私が悩んだところで、何にも解決することでもない。悩んでる母を見るよりは、笑ってる母を見ていた方が娘も幸せだなって自分に言い聞かせて、出来る分は一生懸命頑張って、無理なところは娘に甘える事としよう。

小さい時から娘は妙に中身がおばさんな所があり、祖母によく中身は35才。なんて言われていた。キャピキャピしてなくて、自分の思う事に真っ直ぐ生きている。

毎日毎日頑張って、学校に行き、部活をして帰ってきたら、宿題をして、だいたい同じ時間にベットに入る。すごいなぁ〜と感心する。誰に似たんだろ?

そんな娘も何ヶ月かに1回、プツっと糸が切れる時がある、疲れる、疲れた、もう嫌だ!

そりゃそうだ、、隣で見ている私でも疲れないのかしらと思うのだから。そんな時は人生の休憩と題して学校を休ませている。初めての時は小学生で、その時は私も学校を休むなんてダメ、と無理やり行かせたりもした。どうしたんだろうと悩んだりもしてけど、考えてみたら、気持ちが疲れている時は大人だって、リセットしたくなるし、何もかも投げ出したくなる。子供だって学校で、一生懸命頑張って過ごしているから、休憩は必要だね。

1日何もしないで、ダラダラとテレビを見たり甘いものを食べたりして、リセットすると次の日は何もなかったように元気に学校に行けるようになった。何気ない日常に戻るのです。

私は学校を休むことをしてこなかったので、初めは娘の気持ちをなかなか理解できなくて(今でも出来てないと思いますが、、、)心配していたのですが、いろいろな人の話を聞いたり、読んだりすると、私だけの物差しで何もかもわかった気で、いたんだなぁと感じることができて、、休んでも大丈夫、ゆっくり進んでも大丈夫と考えることが出来るようになった。まだまだ完全なわけではないけど、私もぼーっと人生の休憩をしながらゆったりとした気持ちで、向き合いたい。

1人の息子と1人の娘と夫とモルモットと暮らす美容師です。

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